2008年03月27日

スピリチュアル探求/与那国合宿  〜  石垣島〜竹富島  〜

RIMG0096.JPG 東崎朝日RIMG0093.JPG

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水牛車RIMG0100.JPG RIMG0107.JPG

RIMG0102.JPG 竹富島ガジュマル木RIMG0104.JPG RIMG0111.JPG

12日、与那国での合宿は終わり今日から石垣へ発つ、しかし合宿はまだ終ってはいない。

朝、妻がDOZENのモーニングコールを行い、
朝日を観に与那国島の最東端の東崎(あがりざき)に向かった。

広大な牧草地帯には遊歩道があり、その先に展望台とさらに先に灯台がある。

まさに牧場の中って感じで牛や馬の落とし物があった。

展望台に着いた。牧草地帯が沖縄の離島を忘れさせてくれる光景である。

7:10、朝日が顔を出した。風通しも良く、少し寒いくらいだった。

灯台近くまで歩いていった。

朝日を見終わった後、ホテルに戻り、朝食を取り、チェックアウトの仕度をした。

さすがにもうベビーキャリーは必要が無いだろうと思い先に自宅に送った。

石垣に着いた後は、竹富島に行く事にした。

さすがにホテルの人達とは顔なじみになっていた。

食事の際には私達はいつも牛乳多めのカフェオレを飲んでいたが
今日は牛乳がまだ島に届いて無いようで、食事の時にスタッフの方がわざわざ知らせてくれた。

ホテルが空港まで送迎してくれた。

少し出発まで時間があったので、北牧場辺りに何か磁石の使用出来ないエリアがあるようなので、
探索に行ったが徒歩だとあまりにも遠いことを知り戻って来た。

私達は与那国から石垣空港行きに乗った。

飛行機から与那国島を見下ろした。

何だかとても寂しさを覚え、故郷を去っていく感じがした。

充実した日々だったのを再確認した。

飛行機は石垣空港に着き、そして全日空ホテルに向かった。

与那国とは大違いな石垣だった。

合宿場所がこの雰囲気だったらどうなっていたのだろうか。

確かに便利なものや娯楽も沢山ある。

与那国の合宿と日常に戻った自分の落差を感じた。

船で竹富島に向かった。

妻は一度来たことがあるようだ。

竹富島に着いて、食事処を探し名物ラフティ丼を食べた。

近くのあか山丘に寄り、ドルメンみたいな形をして穴も開いている石が置いてあった。

高台に上り竹富を一望した。

伝統的建造物郡保存地区は沖縄の古き良き町並みを残している、
通りには水牛車が歌い手を乗せ、ゆっくりと島を周り心地よさを演出している。

新田観光で自転車をレンタルして浜に行き、
ニーラン神石(カントライ)のある浜辺に向かった。

この場所は与那国海底遺跡ビデオで見ていた。

旧暦の8月8日に行われる祭祀、世迎い(ユーンカイ)
ニライカナイの国々から五穀の種もみを持ってくる神々を迎える祭事を行い、
カンツカサ(神司)と有志が集まり、ニーラン神石で祈願をしトゥンチャーマをうたい、
神々を迎える場所である。

女性が石を通じて神の言葉を知る、やはり宇宙原理。

高次からナワールへそしてトナールへの原理。

その場で瞑想を行い、自転車を返しに戻った。

港まで送迎してもらい、さすがに疲れが出ており途中でレンタルしたことも必然だった。

港で一息をつこうとしたが、次の出発が一時間先なのに気がつきあわてて船まで駆けつけた。

もっちの答え方、皆のあわてかげんが非常に面白かった。

石垣港に着き、タクシーでホテルに戻って近くの食事処まで夕食をしに出かけた。

ホテルに帰り、部屋に戻った。

与那国にいた自分と石垣にいる自分の違いが現れたのを感じた。

蓮ちゃんから、日常に戻っても与那国意識の継続が大事だといわれていたのに気が付いた。

しかし自分を感じることも大切なことと言われていた。

与那国では素直に行動していたのに素直になれない自分、谷の自分がいたのだ。

お風呂にリラックスを求め、瞑想しながらゆっくりとお風呂に入った。

posted by shu at 23:00| 京都 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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