2010年01月17日

抑圧から表現する世界へ

昨日、私たちのことでdozenを含めラブスピの方で探究サポを受けた。

その前に、蓮ちゃんのトピによりナオからのメッセージを思い出させてもらった。

その前日、妻と気分を変えて近くのカフェに食事しながら、ナオのメッセージを読みながら

二人で話し合った。

私は、涙が出てきて妻に申し訳なかったことつくづく感じながら話をした。


カフェにいる間ずっと泣いていた。

人の前でこんなに泣いたのは初めてだった。

本当に妻のことが好きなんだなとつくづく思いながら話をした。

ナオのメッセージにもある、

過去にもパートナーとともにスピリチュアルの道を歩いていたが

役割が果たされることはなかったとあった。


今生では、その役割を果たしたい。

パートナーと共に。

探究サポの後、二人で話した後も、自分の癖が出てしまった。

妻を愛しているのに、相手が振り向いてくれないから

逆のことを表現してしまっている。



無条件の愛を自分に誓ったのに。

テストされた!!




あるがままの妻を愛そう。

蓮エッセンスで、古い、新しい探究のエッセンスであった

古い=うばう=3次元=抑圧

新しい=あたえる=5次元=表現


自分を抑圧せずに、妻を愛しているなら、愛しているように表現をしていこうと思った。

さあリセットがかかったようだ、実践していこう。

真実の拡大もリセットがかかったようだ。

素直に表現していくぞ。



ナオからのメッセージの中に書かれていた内容は以下の通りです。
この内容は、覚醒された、dozen/Renを媒体にして

ナオよりメッセージをいただいている。



19:37 2006/12/14 ナオ

ドゥー(ン)ヌに話があります。

彼の霊的に歩む道についての話です。

彼の道には、大きな役割があります。
真実の拡大の道です。
その役割は、パートナーと約束したものでもあります。

このメッセージは、安易に受け取るべきものではないです。
彼に本当の自分を示すために話すことです。

そのために、蓮には、時間を割いてアクセスの許可を

取ってもらってます。

もちろん霊的な蓮です。

ドゥーヌは、過去にもパートナーと共にスピリチュアルな道を歩いています。


がしかし、その役割が果たされることはなかった。

再びのトライです。

私、ナオは、その道を援助するためにも降ります。


しかし、その道、今はまだ危ぶまれる。

ゆえに、このようにメッセージを語ってます。

この話を聞き、彼自身、どのような選択するかは自由です。

しかし、このメッセージが彼の顕在を飛び越え、

本来の内なるものへと波及することは間違いないです 。


蓮の霊的役割を真に知ることで、自分の役割の重要性がわかります。


その重要性を知ること、気付くこと、自ら動くことが非常に大事です。

全ては偶然ではない。

偶然など存在しない。

(dozenに)何故出会い、何故時を共に過ごす機会に恵まれているか、

そのことに注意を払う、その大切さを彼は見失っている。

親としての自己責任とは、如何に子供を霊的に育むかです。

この世的に育む、それは闇の役割。

しかし、その闇の機能があって、また光は育まれる。


がしかし、それに甘んじてはいけない。

それは真の役割ではない。

真の親の役割ではない。

ここ(カレッジ)には、蓮を通し、多くの共同創造者たちが共に繋がりあい、

奉仕として仕えている。


その純粋さ、本来の真の真実が、ここに息づくこと、ここに生まれ、育まれ、

創造されていく。

その側にいること、偶然ではない。

目の前に在る真実に降伏し、認め、受容すること、

そのことが、彼の真実の扉を開くことになる。


いつまで、この次元に、そのように、眠りながら生きようとするのか、

私には不可思議でならない。

純粋なる真実が在るところには、必ず生まれる前からこのようにアクセスがあり、

親として子供の霊性を知る。

それが、彼らにはまだできない。

ゆえに、蓮を通し、蓮のスピリットの許可を得て、

わざわざこのような機会の提供になっている。

これは特別なことではなく、本来在るべき(姿の)霊性です。

ドゥーヌ、彼は、恐れを抱いている。


降伏し、認めるのが恐い。

プライドが高いからです。

彼次第では、このメッセージすら無駄にしてしまう。

それでも構わない。

親として準備しなさい。

霊的にです。

霊的に準備すること、それこそが親の真の役割。

これらのメッセージそのものを、トリン自身が誠実に全て公にできるかを楽しみにしています。

何ひとつ省くことなく、皆の前にアップできるかどうか、


私は見ています。

トリン自身、dozenあなた方、そして蓮の存在に、抵抗している部分がある。

ゆえに、公にする際、蓮の背後に起きている真実を削除しようとする。


恐れからです。

蓮の、そう蓮に起きていること、それは、恐怖なのか、真実の愛なのか、その側にいること、


繋がり、そして、そのためにこのナオが降りること、それは屈辱でも何でもない。


それを屈辱と捉えている部分があるならば、

それこそ恥ずべきです。

優劣でモノを見ている。

真の霊性には、優劣など存在しない。

これら全てトリンがアップできるかどうかを、私は見守ります。

見守っているのは、私だけではない。

トリン自身、そして、パートナー修、互いのスピリット自身、彼らを見ています。

真の霊性に対して抵抗することは、何を意味しているかをよく吟味するべきです。

自分を否定するも同じこと。

それに気づくこと。

あなた方に、このような時間を持って頂くことに感謝します。

同胞なる愛に心から祝福を。

さよなら。

20:00 2006/12/14


ラブスピースではこのような事実真実をdozen/Renに触れて、

メッセージを頂き、しかも高次が関与して自己探究を行っています。

ご興味がある方は是非メールを下さい。

あなたも真実を知るでしょう。

メールアドレス fujiwara@interamuse.com






posted by shu at 16:43| 京都 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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